6, 7月に読んだ本。飼い喰い、くらすたのしみ

6, 7月は妊娠が発覚~つわりに呻いて過ごす日々だったので本をあまり読まなかった。

飼い喰い

ほんっとーに面白かった。家ではゲラゲラ笑いながら読んだし、不妊治療のクリニックの静かな待合室でついつい笑ってしまったりもした。不妊治療では精神的にも肉体的にもちょうどしんどい時期だったけど、そんな時に面白い本を読むことができてかなり救われた。

「豚を育てて食べるまでの暮らしが綴られているのかな?」と思って手に取ったのだけど、思った以上に日本の養豚についても詳しく扱われていた(歴史や数字、現場についてなど)。
良質な食ドキュメンタリー作品だと思う。ネトフリの食ドキュメンタリー(アグリー・デリシャスやタコスのすべて、フェスティブ・フーズ、ジェイソンのマーケット探訪など…)が大好きで、もっと日本の食についてもこういうドキュメンタリーなどを見たいなぁ、と思っていたのだが、これはその気持ちにぴったりハマる一冊だった。
その内容でそんなにゲラゲラ笑えるのか?と思われそうだけど、筆者の率直な疑問やその答え、感想がいちいち面白い。そして筆者があまりにも「豚を飼って喰う」ということに猛進しすぎて、周りが引いてしまっていたり、筆者が自分でも何をやっているんだと後悔していたりするのが笑える。個性豊かな豚たちに翻弄される様子もまたおかしい。

日本の食について興味がある人はもちろん、面白いエッセイが読みたい人(私にとってはさくらももこのエッセイくらい笑えた)にもお薦め。

高野秀行による解説にある「本当に、内澤さんもあの家もどうかしていた」「異常な家と住人の中で、不思議と唯一まともだったのが豚だった」という言葉が最高。

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くらすたのしみ

日々の暮らしの中で、ちらちら瞬く小さな輝きや、心に浮かぶ愛着などをたくさん捉えたエッセイ集。

「暮らしとは、私という主語を持つこと」「少しくらい雑でも、ダメなときがあっても自分の楽しみを探すことこそ、私が望む暮らしのありかた」と筆者が書いているように、一つ一つの文章には筆者が暮らしの中で抱いた感情や思考が書かれていて、筆者が過ごす私という主語のある日々のことを読むことができる。

私も、こんな風に私という主語の暮らしを楽しみたいし、文章に残して自分でも私の暮らす楽しみを振り返りたい、そう感じる本だった。

荒川洋治の『日記をつける』という本の中にも「私という主語」について書かれた文章がある。

どんな「私」でも、「私」がいれば日記は成り立つ。一個の「私」を、このもやもやした世界のなかから、もやもやした自分のなかから取り出していくためにも日記は欠かせないものだと思う。

社会に生きていて、自分がよくわからなくなったり人の暮らしを羨んだりすることも多いけれども、2019年からちらほらブログを書きだして、2020年から5年日記を始めて、少しずつ私という主語の感情や思考を取り出して残すことができるようになってきている…かもしれない。
この本はちょっとした時に読み返して、私という主語を持って暮らしを楽しむことについて、確かめ直したい。

収められているエッセイの中では、「クラシックホテルの気配」「ものを持つ暮らし」「炎の中に浮かぶ憧れ」などが好き。
私はものを持つのが苦手で、旅先で素敵だなと思ったものを心ときめくように飾ったり、活用したり、人に譲ったりすることがうまくできないのだけど、筆者はそれが抜群にうまい。素敵だなあと思うし、ほんの少しだけ自分でも真似してみようかな、と思ったりする。たぶん十年くらいかけて真似してみて、ちょっぴり近づけるくらいだろうけど。

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5月半ばから読み始めた『心と脳――認知科学入門』は途中で止まってしまった。まぁそのうち再開しよう。

なかなか過酷な2か月間だったけど、精神的・肉体的にしんどい中でも本を読んで大笑いしたり、自分の生活に大事なものが何かを再確認したりと、本を楽しむことができたのはすごく良かった。